
ハンス・ライヒェルほど、ほかのなににも似ておらず、そして本人の自我を感じさせない音楽家はいない。あたかも木と金属でできた物体が自然とふるえだして、音楽を奏でているかのように聞こえる。運慶は、木の中に元々埋もれていた仏像を鑿と槌で掘り出すのみと、言ったとか言わなかったとか。ライヒェルの手つきもまた、楽器のなかですでに鳴っていたかもしれない音を、丁寧に紡ぎだしていく。
ハンス・ライヒェルがFMPに残した音源の数々から、23曲をコンパイルしたレコード『Dalbergia Retusa』がオレン・アンバーチの主宰するBlack Truffleからリリースされた。ユニーク極まりないギタリスト、希代のレコードコレクター、類いまれなアンソロジストとさまざまな顔をもち、ライヒェルからディープに影響を受けたというアンバーチ自身が選曲と監修をつとめている。ライヒェルは、近年は若い世代にも演奏家が増えている創作擦木楽器(そんな言い方はないが)ダクソフォンのオリジネーターとして広く知られるようになったが、本作はギターソロだけで構成されている。ブックレットにおさめられた写真の数々から、なんといっても奇妙キテレツなデザインのギターに目を奪われる。美しい木目、突然変異したヒョウタンのような形状もさることながら、双方向に伸びたネック、普通は弾かないはずのテールピース側に配置されたフレットボード、キーを変えるためではなく弦の分節点を増やすために用いられるカポタスト等、楽器というより、未知なる文明の遺跡から発掘された用途不明の民具のようだ。
しかし、音楽に耳を傾ければ、決して奇をてらっているわけではないことがよくわかる。思いがけず共鳴するブリッジの向こう側の弦。振動する弦に触れた時ふいになる倍音。押さえたフレットの反対側で響くハーモニー。弦楽器奏者なら、ノイズと呼ぶには美しすぎるそのような音が意図せず鳴ったとき、おもわず聞き入ってしまった経験があるだろう。ライヒェルのギター音楽は、まさしく弦の驚きに満ちている。物理的な物体であるからこそ、すべてのパーツは互いに共振し、干渉し、複雑に運動する。その物体をデザインしたのはほかならぬライヒェル自身だが、正確なコントロールはあらかじめ放棄され、ましてや十二音平均律もまったく想定されていない。新しいギターを製作する際には、パーツを流用するためにそれまでのギターを壊していたらしい。物としては受け継ぎつつも、一度見出した響きに執着はなかった。
しかし、同時に、これらのギターにはあらゆる部分にピックアップが埋め込まれいて、鳴っている音をすべて拾い上げたい、この物体自体が聞いている音を一緒に聞きたいという意図を強く感じる。かたちは作ってみた。このかたちが奏でる音があるはずだが、どう弾くかはまだよくわからない。でもすべての響きをすくい上げたい。そこには、自らデザインした楽器から、自らの意思とは無関係に立ち上がる音楽を聴きたいという倒錯しているようで、実は無邪気な欲求がある。
ライヒェルの音楽は時として、存在しない文化に昔から継承されてきた音楽のように聞こえる。それは、ライヒェルのデザインする音楽が、あるかたちから生み出される奇跡的瞬間の連続であり、「無為を発明する」という不可思議なできごとを実現しているからにほかならない。それすらも、意図してか、意図せずか、よくわからないけれども。

